―――腐敗した善から立ち上る悪臭ほど―――――――

             ―――胸の悪くなるものはない―――――――

                                『森の生活』【ソロー】










 * * *





それには共感するけどさ。なら、それの対処法もついでに 教えてくれないかな





必死こいて猛吹雪を通り抜けながら、空しくなってくる。

足はもうとっくに自分のモノじゃなくなってる。

感覚なんて一時間くらい前に、遙か彼方へ吹っ飛んだ。

鼻水は凍り付いて、鼻の穴は冷凍庫状態。

ゴーグルをしているから目は開けていられる、が、こんな真っ白な世界じゃ関係ない。


うん、もうなんというか、自分から見ても憐れ。


(さーむーいー)


あっ、まずい、舌も動きにくくなってるぞ。

何が嬉しくて、極寒の地を這いずり回っているのだろう。

とりあえず寒さ対策として、分厚い分厚いモコモコとした防寒服は着ている。

けれど、しょっている荷物は重いし、足は深い雪に取られる。

体力は削りに削られ、何だか瞼も降りかけていた。





コトの始まりは昨日。僕を陥れたのは、僕の仲間。という名の、悪魔達。










 * * *










「それじゃぁコレが荷物だ。せいぜい、凍死しないことだな」

「……」





寝ぼけて呆けたアホ面をした僕の、目の前に置かれた荷物。

ガシャンバシャン、と意味不明な音を立てて、机に寝転がる。

掛け布団を片手で持った体勢のまま、部屋への侵入者を眺めた僕。

今から思えば、僕が状況を理解出来てないことを、当然 相手は分かっていたのだ。

…ちくしょう。


「地図はコレだ。ちなみに任務拒否は認められない。何せ代役がいないからな」


淡々と告げる相手とは反対に、少しだけ開いた扉の向こう。

そこにいる奴らの、クスクス笑う声が聞こえる。

次いで、パタンッ。情け容赦なく閉まる扉。

しばらく無言で、その無機質な物質を眺め、それから机に目をやる。

次に枕の横の目覚まし時計を確認。

時刻はちょうど、朝の10時だった。


「――――………寝過ごしたぁああ!!」


ぼふんっと布団に再度 沈んでも、僕の運命は変わらない。

沈黙する大量の荷物と共に、やるべきことは強制的に決められてしまったのだ。



なんかもう泣きそー、と思う前に もう目の縁は濡れていた。










 * * *










僕の働いている所というのが、お国の安全を守るためにウンタラカンタラ、という組織。

あぁ別に、ウンタラカンタラと付けたのは僕が仕事内容を分かっていない訳じゃない。

あれだ、所謂、裏の仕事っていうのもあるから。

表の肩書きは、国防というか、まぁ軍人みたいなもの。…かな?

重要役人達の護衛だとか、戦地での指揮だとか。まぁ、スタンダードなことをする。

裏の方じゃぁ敵に対する、拷問・殺人・等々、おーるおーけー、という許しを得ている。


国の敵と見なされた存在は、全て抹殺。跡形もナシ。


っていうか、ちょっとでも跡を残されたらさぁ、僕らが殺されるわけっすよ。

そりゃぁ必死に仕事するに決まってる。殺されたくないし。

常に完璧を求め、仕事は完全遂行。それが最低限の条件。


そんな僕の所属している組織には、合計12名のおっかない奴らがいる。


勿論、その12名に僕も含めるよ。

おっかないと言えばおっかないと、自覚してるから。

一応、一般の国民は僕達のことを知らない者が多い。

逆に裏の世界じゃぁ、事細かに情報が流れている。

ちなみに組織名は【白昼夢の数論】。何か弱そうな名前だけれど、真逆だ。

この12名の残虐集団には、それぞれ称号が与えられている。

一番の実力者には【積分】。

そして最下位の実力者には【公約数】。


で、その公約数ってのが僕のことなんだけどね。


本当に、失礼しちゃうよ。僕だってソコソコやる男なんだよ?

まぁ、この最下位という位置は結構 気楽だからいいんだけどね。

嫌なことを押しつけられる率は高いが、レベルの高いことは押しつけられない。

国を揺るがすような任務には、つかないってこと。

そういう時は積分だとか、後は【微分】が呼び出される。お偉いさん方に。

後ろからその光景を見護り、内心は「帰って来なくて良いよぉー」と思っているわけだ。

あっはっは、残念ながら積分や微分は今でもピンピンしてるけど。



つまり、こんな雪国に僕がいるのも、そんな仕事の内の一つ。



いつも任務に行っていない者を対象とする、定例集会が朝に開かれる。

集合時刻は8時。それを過ぎれば入室は禁止。

そこで新しい任務をそれぞれ、言い渡されるのだ。

しかし仮に寝過ごしただとかで、その場にいなかった場合。


今回のように、任務を一方的に、そいつに押しつけることが恒例となっている。





(えぇっと……あっははー、道 分かるわけないよねぇ)


自分のいる位置を、ある程度 確認しようとして地図を広げた。

うおっ、風で飛ばされそう。

それに雪山用にコーティングされてある地図も、この環境では意味がない。

僕の目が働かなきゃね。

とりあえず、最初に見た時、ひたすら真っ直ぐ進めばよい、ということだけ分かった。

だからそれに従ってきた、の、だが…


(うーん、天候悪化)


ホワイトアウト、と状況が似てるよね。

僕的にはブラックアイスバーンの方が、印象が良い。

名前もなんか、格好いいし。

現象は全然 違うけど。

それにしても もうこれは猛吹雪というレベルでもない。

空気が雪で埋められていくかのよう。

山の天気は変わりやすい、っていうから天気予報も気にしなかった。

今から思えば、どれくらい最悪の天候になるかくらい、調べておけば良かったよ。

後悔先に立たず。僕の足も崩れそう。


(目印とか、合ったとしても把握出来るかッ!!)


やり場のない怒り。

ぐしゃっ、と地図を握りつぶす。

そう、この状況を突破するには、この雪が邪魔。


邪魔なモノは、即排除。


それが僕らの組織の信念でもあるじゃないか。

……うん、つまり、あんまり こういうことをしちゃイケナイんだけど。

だってさぁ、僕に押しつけた奴らが悪いんだよ。


彼らも、ある意味、僕に対して八つ当たりしてるんだ。


「 短煌イデアル聖域 」


小さく呟けば、それだけで威力を発揮。

便利な世の中になったもんだよ、母さん。


「 公約源を誘う 素印数分界 」


ふわぁわぁわあーん。

ゴメン、口で表現するには無理があった。

とにかくそんな感じの、音が発生。

唸る白銀を包んで、支配下に。

僕を中心として、半球状の空間が生成される。

雪ごと呑み込み、風は叩き潰された。


「 削りゆけ ユークリッド護汝法 」


バンッ、ドォン、ふしゅるー。

おっ、これはこのまんまの音。

最初、半球の中の雪が消滅。

後、そこからさらに外の雪達が消滅。

ただの曇りと化した空間に、気の抜ける風が吹く。

うん、これなら歩きやすそう。


「あ、やべ、雪崩のこと考えてなかった」


安堵したのも、束の間。

どどどどどどどどぉ、と背後から嫌な音。

今の衝撃が別の箇所に、影響した。

晴れた視界に、エッホエッホと荷物を担ぎなおして走り出す。

防寒着が今度は邪魔になるが、またいつ必要になるか分からない。


「ぎゃぁー!! 意外に近かったー!!」


だがしかし、思ったよりも早く雪崩が追いかけてくる。

足下の雪はとりあえずなくなったのだが。


「うわっ、うわ」


ずっぼずっぼ。足が泥に取られる。

しまった、雪の下のことまで考えてなかったぞ。

だだだだだと走ろうとしても、なかなか上手く行かない。

そうしている間にも、雪崩の魔の手が。


(ちょっ、死ぬ、やべッ――――ぬぅぁっは!?)


ドンガラガッシャン、盛大に転ける。

まさかのベタな展開、ちょっとこんな時に つまずかなくても。

あぁいっそのこと、このまま雪崩に呑まれようか。

意外に助かるかも、もう走る方が体に悪い気がしてきた。

そんなわけあるか、と誰もツッコンでくれないけど。


その代わり、落ちてきた靴底。


「 単項イデアル整域」


ゲシッ。

痛ったぁー、頭踏まれたぁー、酷ぇー。

グリグリと、突然 泥の地面に押しつけられる。

ウゲッ、口に石と砂が入ってきた。


「 公約元を誘う 素因数分解 」


紡がれた言葉は、そのまま力となった。

まずいなぁ、ちょっとは状況を考えて欲しい。

せっかく、さっき僕が遠慮したっていうのに。


「 削りゆけ ユークリッド互除法 」


どっかーん。

あーぁ、やっちゃった。

さっき人がわざわざ、弱めの奴を発動させたってのに。

おそらく、雪崩は全部 吹っ飛んだね。


「よぉ公約数。不様だな」

「おっひさー【公倍数】。僕の心遣いを盛大に無視してくれて、ありがとう」

「また任務を押しつけられたか、情けない」

「いいじゃんか、別に。それに寝坊癖って治らないんだよ」

「お前に治す気がないんだろ?」


鼻で嗤われた、ムカツクなぁ。

組織のランク付けで、下から二番目。

僕の一つ上の、公倍数。

今回の任務内容は、彼の手助けをすること。

言ってみれば簡単だけど、やることは大変なんだよねぇ。


「ようこそ。世界最大の積雪量を誇る雪国へ」


しばらくは、あの暖かい布団に戻ることは、許されない。

それは結構、僕にとっては切実な問題だ。